Part1(2003・11)
広島県の横川〜三段峡間を走るJR可部線のうち、非電化区間として残されていた可部〜三段峡間が、2003年11月30日をもって廃止されることになりました。
ワタシは、今から4年近く前のこのときに、この可部線の全線乗車をしています。そのときは三段峡駅付近で雪が積もっており、広島県で銀世界を見られたことに非常に驚いたものでした。

廃線を前に、某ネット仲間氏と共謀(笑)して、最後の訪問をしてみることにしました。
廃線の3週間ほど前の11月8日。

まずは黒崎から、126M列車小倉行きに乗ります。
席がほぼ埋まっていたので、列車の運転室背後でかぶりつき。(笑)
一瞬、進行方向の正面に、朝日が・・・。いい感じです。
小倉からは、新幹線を使うことにしました。

新幹線上りホームへ。
電光掲示板に「回送 830号」という列車名の表示があったので、何かな?と思っていると、やってきたのはJR西日本の700系3000番台B12編成。
何かの送り込み回送でしょうか。
ワタシたちは、次にやってきた「こだま636号」新大阪行きに乗車します。
車両は、写真の0系。新塗色、リニューアル改造済みの編成でした。
このリニューアル編成では、このようにかつて「ウエストひかり」で使用されていたビュッフェ車が連結されています。
もちろん、いまは非営業なわけですが・・・。
ワタシたちは、ここで朝食をとることにしました。
小倉駅の売店で買い込んできたこちらの弁当は、「武蔵小次郎弁当」(790円)。もちろん、今年の大河ドラマにあやかっての登場ですが、聞くところによれば一度販売終了となったものが、リクエストを受けて再登場したのだとか。期間限定品であることには変わりないようですが。

おこわのもちっとした歯ごたえと、素朴なおかずの組み合わせがなんともいえませんでしたね。
さて、「こだま636号」は7時33分、定刻に小倉を発車しました。

この日の関門・北九州地方は霧がすごくてですねぇ。
小倉発車直後の車窓も、こういう感じでした。
新関門トンネルに入り、速度が上がってきます。
このビュッフェにはこのように速度計がついています。すでに200km/hを超えています。「こだま」ですので、よほどのことがない限り、めいっぱいの220km/hまで上がることはないんですが・・・。
新下関、厚狭と停車して、「こだま636号」は新山口駅に到着しました。

この新山口、という駅は、9月30日まで「小郡」という駅名でした。もちろん、この駅が小郡町というところにあるからなんですが、10月1日のダイヤ改正からこの駅に「のぞみ」が停車するようになり、周辺自治体などの意向もあって新しい駅名に変わりました。

でも、やはりまだ「小郡」と言ってしまいますよねぇ。長年それで慣れ親しんでますから。
小郡(また書いてもうた・笑)、もとい新山口で新幹線を降り、ワタシたちは在来線ホームへ移動してきました。

ここから、8時23分発、3344M列車(徳山から5344M列車)の岡山行きに乗車します。広島をはさんで岩国〜瀬野間で快速運転となる列車ですが、とりあえず岩国までは各駅に停まります。
車両は、広島快速カラーの115系3000番台車両。通常の115系車両とは違い、車体の乗降口ドアは片側2ヶ所、車内は転換クロスシートです。
順調に列車は徳山を過ぎ、下松付近へ。
下松駅を出て右手・海側のほうに、JR各社などの鉄道車両製作をしている日立製作所笠戸事業所が見えてきます。ちょっと遠目ではありますが、列車から見える位置に、九州新幹線800系車両が置かれているのが見えました。
柳井が近づき、右手には瀬戸内海の風景が見えてきました。
このあたりも、少し霞んでいる感じですねぇ。
岩国から快速運転となり、10時48分、列車は広島に到着しました。
途中、非常に眠かったのを、缶コーヒーなどでなんとかごまかしながらやってきました。なんだかんだいって、2時間半くらいこの電車に乗ってましたから。
少し早いですが、後のことを考えて昼食にしましょう。

やってきたのは、広島駅ビルの中にあるお好み焼き「麗ちゃん」。そうです、やっぱりここまできたら広島お好み焼き、ですよ。(笑)
駅ビルにあるという手軽さもあって、ワタシは広島へ来るとここへ立ち寄ることが多いです。
まだお昼になっていないというのに、早くもこの賑わいです。
カウンター席に座り、さっそく注文したのは、豚肉、玉子、生エビ入りのこちらのお好み焼き(940円)。
むきたての生エビが入っているのもそうですが、相変わらずそばの量が多くて、お腹一杯になりました。でもって、おたふくソースもまたいいんですわ・・・。(^^;)
昼食を終えて、再び駅の中に入ってきました。

改札を抜け、目的のホームに移動しようとエスカレーターに乗ると・・・。
手すりのところに、こんな感じで広告が貼り付けてありました。
確かに目を引きますが・・・。(^^;)

では、いよいよ可部線へ。
ワタシたちは広島駅の在来線4番ホームへ移動してきました。
11時47分発、可部行きの755M列車は、写真の105系電車2両編成です。

105系電車というのは、国鉄形通勤電車の代名詞・103系電車と同じ動力ながら、103系では2両のモハユニットに分散配置されている動力系の機器を1両に集約した「1M方式」となっています。
電車は広島を出ると、次の横川で山陽本線と別れ、可部線に入ります。
太田川に沿って山のほうへ向かっていきますが、以前もこのときにご紹介しているとおり、この可部線のうちでも電化されている可部までの路線は、もともと私鉄として開業した路線であり、狭い線路敷、急カーブ多し、というローカル私鉄独特の線路条件の中を、のんびり走っていきます。
やがて電車は、終点の可部駅に進入していきます。

この可部までの電車は、その多くが写真右側の線路に入っていきます。そちらの線路は、車止めのある頭端式ホームに発着するもので、左側が、今回の目的である三段峡へ続く線路になっています。
可部駅の、その車止めのあるあたりに、このように「四季の森」というものが設けられています。
小さいながらも、憩いの森として四季折々の季節感を味わってもらい、心に安らぎを感じてほしい、という駅員さんたちの思いが詰まっています。ちなみに、今は秋ということもあって、紅葉が彩っています。
さて、ワタシたちは可部からさらに先へ向かうわけですが・・・。

その列車は、13時5分発の237D列車三段峡行き。
前回ワタシが来たときもほぼ同じ時間の列車を使っていますが、そのときはキハ40形気動車の1両ワンマン運転でした。
今回はどうだろう・・・と思っていると、三段峡からの242D列車が到着。この列車が折り返し、ワタシたちが乗る237Dになるわけですが・・・。
・・・左上写真の先頭・キハ47形の後ろに、さらに3両の気動車がつながっていました。さすがに、三段峡の観光シーズンであるこの時期、ということもあって、しっかり増結されていました。
ちなみに、この日の237Dの編成は、広島方から、キハ47-95 + キハ28-3014 + キハ40-2046 + キハ40-2121、という組成になっていました。

黄色と白のツートンに細い青帯の広島一般色キハ40・47形に囲まれた中で、広島方から2両目のキハ28-3014は、写真のように広島急行色。
この急行形車両がついているからには、やはりそこに乗りたいのが鉄、ということで・・・。
こちら、キハ28-3014の車内です。
この車両は、車端部ロングシートといったような近郊形改造はされておりませんで、いわゆる急行形のシート配置そのまま。さすがにシートモケットはこげ茶になっていますが・・・。
13時5分、定刻に237D列車は可部を発車しました。
しばらくすると、線路には太田川が寄り添ってきます。
ここは、毛木駅。
可部の次の河戸駅、さらに次の今井田駅とともに、1956年10月に仮乗降場として開業。翌月にすぐ駅に昇格しています。

通常、ほとんどの列車が1両もしくは2両での運転。ワンマン運転用のホームミラーが必須な路線ですが、この列車は4両編成、もちろん車掌さんも乗務しています。
毛木を出て次の安芸飯室に至る線路は、川とともに大きく左にカーブします。
スピードもかなり落ちてきます。
ところどころで、こうして15km/hの速度制限がかかっているところがあります。
この中国地方の山間の路線ではけっこう多いんですが・・・。
列車はもちろん、そろりそろりと進んでいきます。
ここは、布駅。
車掌さんがいったんホームに降り、安全を確認してからドアを閉めようというところです。

安芸飯室からこの布までの区間は、戦後すぐの1946年に開業した区間。この布は、1954年に加計までの区間が開通するまで終端駅でした。
それにしても、太田川、水がきれいですね。
山の緑を映しこんで、碧色に輝いています。
列車は小河内(おがうち)にさしかかります。
このあたりの駅に多いんですが、写真の左手に見えている短いホーム。おそらくかつての荷物用のホームだと思います。

実は、この小河内までが広島市内。
「広島市内」着の長距離きっぷだと、ここまで乗れるわけなんですね。
「花の駅」といわれる安野を過ぎ、次の水内へ向かう途中。
太田川を渡ります。

このあたり、まだ紅葉という点では早いでしょうか。
水内に着きました。
この駅だけでなく他の駅でも、乗車する人以外に、地元の人たちが駅に出てきて、列車を見送ったり、写真に撮ったり、というような光景が目立ちました。

可部線の旅、まだ続きます。
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