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Part2(2000・1〜2)
宮崎に着いたワタシが乗り継ぐ列車、それは、13時28分発「えびの4号」熊本行き。都城まで快速、そこから吉都線、肥薩線を経由して熊本へ向かう、日本で最も南を走る急行列車です。
ワタシはといえば、つい先日北海道で、日本の最北を走る急行「利尻」「サロベツ」に乗ってきたばかりだというのに・・・。(^^;)
この「えびの」も残念ながら、3月11日のダイヤ改正で廃止になってしまうとのこと。だったら、今回がチャンス、とばかりに、乗ってみることにします。

ちなみに編成は、写真の九州新急行色のキハ58+65の2連(車内はリクライニングシート)に、九州一般色のキハ58+28の2連が連結されています。一般色車は都城で切り離しとのことでしたが・・・。
13時28分、「えびの4号」は力強いエンジン音を響かせながら宮崎を発車。川岸にフェニックスの並木が見える大淀川を渡って南宮崎へ。折り返しの休息をとるブルトレ「彗星」の編成や、訓練運転(?)でやってきている783系「ハイパーサルーン」などを横目に見ながら、郊外へと足を進めます。
列車は、宮崎郊外の田園地帯を走り、やがて山の中へと入っていきます。あたりはやはり、花弁の膨らんだ杉の木が多いですねぇ。(^^;)
457系の普通列車や、485系特急「きりしま」と、信号場で行き違いながら、山の中を抜け、やがて列車は下りにかかります。・・・っと、山之口付近から右手車窓に、なんかてっぺんがとがった山がぼんやりと見えてきますね。実は、これが宮崎・鹿児島の県境にそびえる霧島連山なんです。もう、そんなところまできたんだなぁ。
ここまでくれば、宮崎県南部最大の都市・都城はすぐそこです。
14時40分、「えびの4号」は都城駅に到着しました。
ここで5分間停車し、一般色のキハ58+28の2連を切り離します。・・・って向かい側にも九州新急行色の車両が見えますね。そう、ここで「えびの3号」と行き違いなんですね。停車時間があるので、こうやって並び写真なんかとってみたりしています。もうこうした急行同士の並びも、過去のものになってしまうわけですしね。
さ、ここからはいよいよワタシにとって初乗車となる吉都線の旅が始まります。
都城を出ると列車は日豊本線を左へ分かち、かなり細くなった大淀川を渡りながら、えびの高原へ向けて登り始めます。それにしても、エンジンのうなりもすごければ、走りも力強い。キハ58系の走りってこんなにすごかったかなあというくらいの「快走」が続いていきます。
高崎新田、小林、えびの飯野、京町温泉と停車していきます。時間が時間なせいか、下校途中と見られる高校生の姿が多く見られます。それにしても、下校にこんな優等列車を使わざるをえないというのは、なんとも・・・。

それにしても、さきほどからこの吉都線に寄り添うようにのびている宮崎自動車道の存在が、気になって仕方ないですよねぇ。ここを、福岡・熊本〜宮崎を結ぶ高速バスが走っているんですよね。そして、それら高速バスの存在が、この「えびの」を廃止に追い込んだことも、おそらく事実でしょう。

15時50分、列車は吉松に到着。駅前にはC55-52が静態保存されているのが見えます。
ここから肥薩線に入り進行方向が逆転。8分後、列車は動き出しました。
ここからの肥薩線の線路は全国でもなかなか珍しい区間です。
吉松の次の真幸駅へ向かう列車の車窓からは、右のような雄大な景色が見えています。
やがて真幸につきました。発車しようというとき、列車は突然バックを始めるではありませんか!・・・そう、この駅はスイッチバックなんですよね。
でも、この1ヶ所のスイッチバックで終わらないところが、この路線のすごいところなのです。
スイッチバックの真幸を発車した列車は、さらに山登りを続けていきます。
16時21分、「えびの4号」は、肥薩線のサミット・矢岳に着きました。海抜536.9mという位置にあるこの駅、木造の駅舎がなかなかいい雰囲気を出しています。
さて、ここから列車は下りにかかるんですが・・・。
30パーミルを超える急勾配を下り、やがて列車は右へカーブを切り始めます。・・あれあれ、さっきまで進行方向左手に見えていた西日が、右側に見えてきましたよ! そうなんです、この肥薩線最大の見せ場、とも言うべき、大畑(おこば)のループ線にさしかかっているんです。半径300mの右カーブ、しかも25パーミルの下り坂です。こりゃすごいぞ・・・と、思わず息を呑んでしまいます。(^^;)
そして、ループ線のちょうど半ばで、左手に2本の線路が見えてきます。手前側の線路は、これから停車する大畑駅へ入るための折り返し線、その向こうは、大畑から先へ向かう本線です。要はスイッチバックになっているんですが、ここの場合は通過するための線路はありませんので、すべての列車がいったん駅に入らなければならないようになっています。
16時34分、列車は大畑到着。ここを出ると、さらに右カーブを切って下っていくのです。
トンネルを下りながら右カーブを切り、やがて車窓には盆地に広がる街並みが見えてきます。右手には、湯前からやってくるくま川鉄道(旧・JR湯前線)の線路が合流。まもなく人吉駅に到着です。・・・お、ここは駅弁の立ち売りがあるんですねぇ。よく通る「べんと〜う」という声が響いています。
ここ人吉は温泉の町、そして日本三大急流・球磨川下りの町として観光客も多く、この列車にも観光帰りと見られる乗客がけっこう乗ってきました。
5分停車の間にホームへ降りて見ると、空からなんか白いものが・・・また雪のお出迎えかい!?(笑)

ちなみに、「肥薩線開業90周年記念」の立て看板が見えますが、実を言うと、かつて熊本〜鹿児島を結ぶ鉄道のメーンルートは、この肥薩線が担っていたんですよね。海沿いを走る現在の鹿児島本線のルートが開通したのが1927年のこと。この肥薩線ルートはそれより18年も前に開通しているんです。ただ、ここまで書いてきたような線形のため輸送力が不足する事態となり、主役の座を現在の海沿いルートに譲ったわけです。
さて、人吉を出た列車は、球磨川に沿って谷を下っていきます。しばらくは、川下りの船が通る文字通りの急流。やがて、川の水を満々とせき止めている瀬戸石ダムのダム湖が見えてきます。
なんだか急に暗くなってきたなと思ったら、空はすっかり雪雲に覆われており、時折大粒のボタン雪が落ちてきています。
それにしても、腹が減ってきましたな・・・人吉で弁当仕入れとくんだった・・・。(^^;)
球磨川沿いに下りつづけた列車はやがて鹿児島本線の鉄橋の下をくぐり、右にカーブを切ります。右手から、先ほどくぐった鹿児島線の線路が合流すると、まもなく八代。この列車の終点は熊本ですが、ワタシは乗り継ぎの都合上、この八代で降ります。
3月11日のダイヤ改正で、日本最南の急行の座を「くまがわ」に譲り、「えびの」は消えていきます。さらば、急行「えびの」!
  「えびの4号」を降りたワタシは、いったん改札の外へ出ました。
あれ、待合室のドアガラスにこんな貼り紙がありますよ・・・。
この「あとぜき」という言葉は、熊本地方の方言で「開けた戸は閉めなさい」というような意味なんだそうです。そりゃあ、待合室は暖房が入ってますから、外部の冷気が入らないように閉めるのは当然ですよね。
え!? なんでワタシがそんな方言の意味を知ってるかって? いや、実は学生時代に熊本出身の友達がいまして、その友達がことあるごとにこの言葉をしゃべっていたからなんですよ。
  ということで、ワタシは次なる列車に乗り込みます。その列車は、18時13分発特急「つばめ19号」西鹿児島行き。もちろんおなじみの787系車両(6連)で運転されます。もちろんワタシは、1号車のグリーン車です(^^;)。接続列車の待ち合わせで発車は3分遅れましたが・・・。
すでに腹ぺこのワタシ、検札に回ってきた「つばめレディ」の「お弁当のご予約はよろしかったですか?」の一言に飛びつきまして(笑)、車内オリジナルの「つばめ弁当」(850円)を注文しました。
しばらくして、席に届けられた弁当を早速開きます。筑前煮や玉子焼き、豚の角煮や魚などいろんなものが入ってますが、なんといっても明太子!それも、博多名産の辛子明太子が堂々と入っているのを見て、思わずニヤリ。(^^;)

列車が佐敷を出るころには、外は完全に真っ暗になりました。列車は先を急いでいるんですが、出水発車時点で遅れは4分。単線のため行き違いもけっこうあり、なかなか苦しいところですね。
しかも、すでに鹿児島県に入っているというのに、まだ雪が降っている・・・。寒気が入っているとはいえ、まさかこんなことになろうとは、全く予想していませんでした。

20時24分、「つばめ19号」は1分遅れで終点・西鹿児島に到着しました。
ワタシは駅前のホテルへチェックイン。明日の朝はめちゃ早いので、さっさと寝ることにします。それにしても、長い一日だった・・・。(^^;)
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