Part1(2003・2)
2004年3月に迫っている九州新幹線新八代〜西鹿児島間開業に向け、現在博多〜西鹿児島間を結んでいる787系特急「つばめ」については、博多〜新八代間の新幹線連絡列車となるべく、4号車に連結されていたビュッフェを座席化改造する作業が進行中です。
昨年7月に、ビュッフェが座席化改造された第1号編成(Bk-3編成)が登場し、その後も順次改造が進んでいましたが、今回、「最後のビュッフェ営業車両」となっていたBk-7編成のビュッフェ車・サハシ787-7も改造のため運用から離脱することになり、その最後の営業列車が2月7日に運転されました。

昨年の晩秋、その最終運転のことを知った私は、秘密裏にビュッフェ最終日の乗車を計画。ネット仲間とともに、西鹿児島まで往復するプランを実行に移すことにしました。

私自身、このビュッフェでは何度も食事をし、いろいろ思い出もありますので、やはり最後を見届けたいという気持ちでした。
2月7日、午前中いろいろ用事があったりした関係で、午後から博多へ出てきました。
「有明27号」熊本行きは787系BM109編成4連で運転でした。
博多に着いてみると、ビュッフェ最終列車となる「つばめ19号」が発車する7番ホームでは、すでに記念式典の準備が始まっていました。スピーカーやアンプ、赤い絨毯などが用意されていました。

いったん改札を出て、「みどりの窓口」の電光掲示で、「つばめ19号」の指定席混雑状況をチェックしました。普通指定席はもちろん、グリーン車の指定席も、個室「サロンコンパートメント」を除いて満席、という状況。他の下り「つばめ」に若干空席が残っている状況からは、明らかに違う感じでした。
ビュッフェ営業最終列車となる787系Bk-7編成は、「つばめ12号」で西鹿児島から上ってきました。
博多駅1番ホームに到着したこの上り列車にも、ビュッフェ目当てのお客さんがたくさん乗っていたようで・・・。
こちら、4号車に連結されたビュッフェ車・サハシ787-7です。
このように、ビュッフェ車の停止位置にはかなりの「鉄」さんたちが集まってきていました。10分くらい前までは、こんなに人いなかったんですがね・・・。

食材の積み下ろしなどを行ったあと、Bk-7編成はいったん吉塚の電留線へ引きあげ、折り返し準備を行います。
1番ホームから、7番ホームへ移動しました。
「つばめ19号」の発車案内がすでに表示されています。
リハーサルや機器の調整など、式典のほうの準備も進んでいました。
でもって、ホームには、この日乗務のない客室乗務員さんたちが集まってきておりました。式典に参加するんでしょうね。

時間が近づくと、ホームでは客室乗務員さんたちによる飴のサービス。ホームへ集まっていたギャラリーのところへ、飴が入ったカゴを持っていき、「いかがですか?」と・・・。

ホームの人ごみのなかに、私はある女性を見つけました。以前、「つばめ」の車内でお世話になった顔見知りの客室乗務員さん、話を切り出すと、向こうも私のことを覚えていてくれて、「その節はありがとうございました」とご挨拶してくれました。
聞くと、その人はすでに客室乗務員としての業務を離れ、いまはJR九州の別の部署で働いているとのこと。でも、思い出のあるビュッフェがなくなるということで、いてもたってもいられず、記念式典に足を運んだのだそうです。「やっぱりここがずっと職場でしたから、じっとしていられなくて・・・」
「そうですよねぇ・・・」と相づちを打ちながら、少し立ち話をしていました。
そして、いよいよ入線時刻。吉塚方から、「つばめ19号」となるBk-7編成が滑り込んできました。
ビュッフェの停車位置となるところに、赤い絨毯が敷かれました。そこに、十数人の客室乗務員さんたちが整列し、入線する列車に一礼します。
式典開始。ビュッフェの前に、客室乗務員さんたちが並びます。
こんなにずらりと整列するなんて光景、見たことがありません。
なかには、目にうっすらと涙を浮かべている乗務員さんも・・・。

式典は進み、JR九州北部九州地域本社代表のあいさつ、乗客代表への花束贈呈などが行われています。
私は、式典が終わるより前に、車内に入ることにしました。
こちら、4号車ビュッフェの車内です。
まだ発車前だというのに、もうこんなにお客さんが詰め掛けています。

そして、その人ごみの中に、このビュッフェをはじめ「つばめ」の車両デザイン・コンセプトを担当したデザイナーの水戸岡鋭治氏の姿もありました。自身の「作品」であるビュッフェの姿を最後に、という思いがあったんでしょうか。
「つばめ19号」は博多を発車しました。
とりあえず、ビュッフェの喧騒から逃れ、指定された2号車の席に陣取ることにします。
こういう西に傾いた日が差し込む時間帯に、下りの「つばめ」に乗るというのも、私の場合はずいぶん久々です。

列車は筑後川を渡り、久留米へ。ここで降りていく人たちの姿もありました。
ちょっと、ここで2号車の車内を・・・。

背もたれのポケットには、メニュー表。この列車はビュッフェを連結しているということで、通常の車内販売メニューのほかに、ビュッフェで食べられる温かい食事のメニューが別紙でついていました。
これも、きょうで最後なんですねぇ・・・このメニューに載っているものは、私は一通り食べましたが・・・。(^^;)
同じく、シート背面。テーブルを引き出すと、そこにはこのようにビュッフェの案内が載っています。
ビュッフェがなくなれば、ここには通常の編成案内図が貼り付けられることになるわけで・・・。
やがて、客室乗務員さんがこちらのものを配布してくれました。これは、ビュッフェ最終日の記念乗車証。
これも、最終日のイベントの一環として予告されていたもので、これ目当てで乗り込んだ「鉄」さんもけっこう多かったんではないでしょうか。
そうこうしているうちに、列車は大牟田を過ぎ、熊本県内へ入ります。
そろそろ、行ってみますか、ということで、4号車ビュッフェへ・・・。

もちろん、ビュッフェの混雑はまだまだ続いています。
人垣を掻き分けるようにして、カウンター越しにオーダーを出しました。
この日は、通常より4人多い7人の客室乗務員さんがこの列車に乗務し、おもにはビュッフェ業務にあたっていました。この混雑ですから、さぞかし大変だろうと思うわけですが・・・。

後方カウンターの窓際には、このような「ありがとうビュッフェ」のパネルが。博多駅での記念式典でも使われたものですね。
このほかにも、この日のビュッフェ車内には生花や、客室乗務員さんが作成したオリジナルのポスターなどが飾られており、いつになく華やかな状況になっていました。
ということで、オーダーしたものが出てきました。
とりあえず、場所がないのでまずは乾杯だけ・・・。

その後、食事のほうも出てきたんですが、ここであるところへ移動・・・。
その場所は、ビュッフェのすぐ隣にあるセミコンパートメントの席。
通常「つばめ」ではグループ客用の指定席として扱われている場所ですが、この日はビュッフェの食事客用に開放されていました。
さすがにビュッフェの混雑がひどいので、我々一同はこちらへ陣取ることにしました。

テーブルのうえに、焼きラーメンと、かしわのやわらか炭火焼(どちらも400円)の皿が並びます。
この場所で、ビュッフェの食事をいただくのは本当に久々です。もう3年前になりますか、すでにメニューからは消えていますが、「地鶏照焼チャオセット」というものをここで食べましたねぇ。あのときは、このセミコンパートメントが自由席扱いになっていたので、空いていればここで食事をすることも可能でした。
列車は熊本市内に入ってきました。
上熊本にある熊本市電の車庫。かつて西鉄福岡市内線の路面電車として活躍していた連接車が、ここにいました。右側の車両は、西鉄当時のカラーリングに塗り戻された車両。この色、知ってる人には懐かしい・・・。
熊本に着きました。ここで、客室乗務員さんの半分くらいが交替となりました。
指定席が満席となっていたためか、自由席の乗車位置のところにかなりの列ができていました。

上りホームでは、東京行きのブルトレ「はやぶさ」が待っていました。
そろそろビールがなくなろうか、というところで、次は焼酎へ進むことにします。
「つばめ」車内ではおなじみの芋焼酎「石の蔵から」。おつまみ地鶏とセットで注文しました。セットで550円、というのは、なかなかおいしい価格です。
ボックスの4人席に陣取ったこともあり、非常にいい雰囲気で盛り上がっている我々。それぞれにビュッフェの思い出を語っていました。
そうしている間にも、九州新幹線の現実を見せ付けられる場面が・・・。
こちらは、新八代駅の建設現場。ちょっと前は橋脚しかなかったのに、いつの間にやらこんな感じに。
新幹線開業の暁には、ここが「つばめ」の終点になるわけです。
八代を出て、いよいよビューポイントである八代海沿岸の区間へ。この瞬間だけ、ビュッフェに行って、窓からこの景色をパチリ。
いい感じに日が暮れていきます。この景色を見られただけでも、この日、この列車に乗った価値はあったのかもしれません。でも、それだけで終わらないのが、「つばめ」の「つばめ」たる所以・・・。
暮れ行く車窓の景色を眺めつつ、まだ食べられそう(笑)、ということで、こちらのものを頼みました。そう、「つばめ三色あんぱん」(130円)。「ソニック」車内限定の「白いソニックあんぱん」とともに、九州のワゴンサービスでいま人気の食べ物です。
話し込んでいるうちに、列車は佐敷、水俣、出水、阿久根と進み、鹿児島県内に入ってきました。
ラストオーダーを前に、いよいよ私たちも最後のオーダーを出すことにします。
最後に頼んだのは、こちらのピリ辛ビーフン(400円)。食べていると額から汗が噴き出してくる辛さですので、やはりビールを飲みながら、が一番おいしい食べ方ですね。

こうやって、温かい食事ができるのもこれ限りか、という思いもありましたが、最後までおいしくいただきました。
ラストオーダーが近づいた頃、注文した飲み物を持ってきてくれた客室乗務員さんたちに、「ちょっと無謀かな?」とも思いつつ、さきほどもらった記念乗車証の裏に「一筆書いてもらえますか?」と、お願いしてみることにしました。すると・・・一筆どころか、彼女たちは、この「つばめ」、そしてビュッフェに対する思いのたけを懸命に書き綴ってくれたんですよね。

もちろん、サービスに徹する、という彼女たちの接客マインドからのことではあると思いますが、これがあるから、「つばめ」という列車は鉄道で旅する人たちの気持ちを捉えて離さないんだ、ということを、改めて実感したわけで。
川内、串木野と過ぎ、いよいよビュッフェも「閉店」です。
この時間になっても、ビュッフェはこのように混雑したままでした。
すでに、客室乗務員さんたちは後片付けに追われていました。
伊集院を過ぎ、まもなく終点・西鹿児島。4時間近い乗車も、もう終わりです。本当に、あっという間でした。
そろそろ下車準備をしなければ。2号車の自席に戻り、いそいそと支度します。
定刻より5分ほど遅れて、「つばめ19号」は19時57分、西鹿児島駅5番線に到着しました。
ビュッフェでは、食材その他の片付け・取り降ろしが行われていました。ビュッフェ相手のこの作業も、文字通りこれが最後なんでしょうね。
我々は、ただ見守るだけでした。
そして、Bk-7編成は、ホームに残った我々が見送る中、あわただしく鹿児島総合車両所へと引きあげていきました。

後から聞いた話ですが、このBk-7編成はこの夜のうちに、4号車のビュッフェ車・サハシ787-7を外され、かわって座席改造車であるサハ787-206を組み込んで、翌朝からさっそく運用に入ったとか・・・。なんとも早業です。
駅を出た一行は、駅と通路でつながっている「JR九州ホテル鹿児島」にチェックインしました。
私の部屋に集まり、また乾杯してきょうの出来事を振り返っていました。
夜も更けたところで、解散。

ふと部屋の窓から眼下を見やると、博多へ向かう夜行の「ドリームつばめ」が4番線に停まっています。
きょう「つばめ19号」に乗っていた人のうち、少なくない人数がこの列車で帰って行ったようです。

きょう一日の出来事を改めて振り返っていると、なかなか眠れませんでした。
それでも、2時間半くらいは寝たかな・・・。
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