Part1(2005・4)
2005年春、4月。鉄道ファン仲間たちと、この春も運転を開始した豊肥本線の「SLあそBOY」に乗車しようと、オフ会の計画を立てました。
ところが、この春、「あそBOY」の牽引機である58654号機の調子が思わしくなく、車軸の軸焼けを起こしてしまったということで、オフ会の当日はDL牽引・・・ただまぁ、オフ会の予定を変えるわけにもいかないし、たまにはDL牽引の列車もいいかな、ということで、そのままオフ会を決行することになったんですが・・・。
今回の旅行記は、その道中記、ということになります。
4月9日朝。

まずは、下関へ。

東京を前夜に出発したブルトレ「富士・はやぶさ」が、定刻に到着します。

列車からは、お客さんたちが朝食を求めて、ホームのうどん屋に列をつくります。
最近知ったんですが、この時間のこのホームのうどん屋では、うどんメニューはふく天うどん(420円)のみ、なんですね。
「富士・はやぶさ」が機関車交換を終えて下関を発車した後、あとから発車する新田原行き普通電車で門司へ移動。
そこでは、まだ「富士・はやぶさ」の切り離し作業と、「はやぶさ」の機関車交換作業が行われていました。

今回は、熊本まで、この「はやぶさ」に立席特急券で乗車します。
列車は門司、小倉と停まった後は、博多まで客扱い停車はなし。

写真はスペースワールド付近。
かつての官営八幡製鉄所時代から残る、東田溶鉱炉。もちろん現役ではありませんが、104年を経てなお、「鉄の街」と呼ばれた北九州の繁栄をいまに伝えています。

この溶鉱炉のたもとにも、桜の花が咲いています。
北部九州ではちょうど、この時期が桜の見頃、ということになっていました。
「はやぶさ」は、赤間で運転停車。
ここで、あとからやってくる「ソニック8号」博多行きの通過を待ちます。

3月1日ダイヤ改正以前の「さくら・はやぶさ」では、こうして「ソニック」に抜かれることはなかったんですがねぇ・・・。
博多に停まった後、列車は鳥栖へ。

この先、久留米、大牟田、熊本の順に停まっていきます。

左下写真は、船小屋のあたり。
このあたりでも、新幹線の高架が立ち上がり始めていました。

車内では、オフ会参加メンバーがそろい、しばしの談笑。
盛り上がる会話に時間を忘れているうちに、列車は上熊本をすでに通過していました。

このあたりも、桜の並木がありますが、なかなかの咲きっぷりですね。
11時48分、「はやぶさ」は定刻に終点・熊本に到着しました。

ブルトレで熊本までやってきたのは、3月ダイヤ改正で廃止になったブルトレ「さくら」の下り最終列車に乗車したとき以来。
あれからもう一ヶ月以上、早いもんです。
到着した「はやぶさ」の隣の中線には、下りの「リレーつばめ」で到着後、新八代行きの編成から切り離された熊本止まりの「有明」仕様編成の787系4連が、2本連結された状態で停車しておりました。
写真左の下り方がBM106編成、写真右の上り方がBM109編成、ですが、最近工場で検査を受けてきたBM109編成のほうが、若干塗色が濃くなっているのがお分かりでしょうか?
一方、熊本駅では、新幹線ホーム建設をにらんでの駅改良工事の最中ですが、ちょうどこの日から、主に豊肥線の列車が使用している終端式の0番A・B両ホームの位置が、下り方にずれる格好で変更になっていました。
熊本で、昼食のうどんを食べたあと、こちらの列車で移動。

12時21分発、787系BM103編成4連の「有明3号」。熊本から豊肥線に入って武蔵塚まで行く列車です。
博多方面からのお客さんはほとんどこの熊本で降りていましたので、私たち一行は空いた自由席の車内でマターリと・・・。

列車は豊肥線に入り、新水前寺を出ると電車通りをまたいでいきます。
新水前寺、水前寺と停車し、次はもう終点。
右手に、桜の並木が見えてきました。

ほんと、この桜の時期はいい季節ですわ。車窓の景色が、やはり他の時期とは違った華やかさを持っています。
武蔵塚に到着。
BM103編成は、到着して15分後に「有明20号」小倉行きとして折り返して行きます。

ここから一行は、さらに普通列車に乗り継いで西へ向かいます。

12時49分発、1447M列車肥後大津行きは、815系2両編成。
桜の並木をバックに、走ってきました。
三里木、原水と停車して、1447Mは肥後大津に到着。

電化区間はここまでなので、この先は気動車での移動です。

13時9分発、433D列車宮地行きに乗り換えます。
車両は、キハ47形のエンジン強化バージョンであるキハ147形2両編成です。
433Dは、各ボックスシートに1〜2人くらいの乗車率で、阿蘇を目指して登っていきます。

ふと沿線を見やると、菜の花。
天気もよくて、まさしく春爛漫、という感じでした。
13時24分、列車は立野に到着しました。
ここでは、阿蘇のほうから山を下りてきた、434D肥後大津行きのキハ200形2両編成と同時進入となりました。

この立野から先の山登りは、スイッチバック区間。
なので、上り列車と下り列車が並んで同時にホームへ進入する、という、ちょっと特殊な光景が見られたりするわけです。
こちらは、立野の駅舎です。
小ぢんまりとして、かわいらしい山間の小駅、という感じのたたずまいです。
そして、この立野にはもう一つの駅舎があります。

それがこちら。
1986年にかつての国鉄高森線から転換した、第三セクター・南阿蘇鉄道の駅です。
私たちの乗ってきた列車から、この南阿蘇鉄道へ乗り換えるお客さんもけっこういました。

そして、そこへ、MT2000形気動車の列車が到着するところも見られました。(左下写真)

トロッコ列車を走らせたり、駅温泉のあるお城のような駅舎(阿蘇下田城ふれあい温泉駅)があったりと、見所も多いようですので、いつか乗ってみたいなと思っているんですが。
さて、私たちの乗った433Dは、立野を発車し、スイッチバックの引上げ線へ向けて「バック」を開始しました。
この気動車列車の場合は、運転士さんが反対側の運転台へ移動し、そちらでハンドルを握って走行します。

外国から旅行で来たんでしょうか、乗客の白人男性がこのバックに驚いて、「この列車は本当に阿蘇に行くのか?」と運転士さんにあわてて尋ねる一幕もありましたね。

引上げ線に入ったあとは、もう一度運転士さんが前の運転台に戻って、山登りを続けていきます。
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