(2023・7)
山口県の東の端・岩国市内を走る錦川鉄道錦川清流線(旧・JR西日本岩日線、川西~錦町間32.7km)に、JR東日本の烏山線を走っていたキハ40-1009が移り走り始めたのが、2017年の話でした。
キハ40-1009は普段、団臨運用のみに使用されているんですが、それが今回、車両運用の都合で定期列車運用に使用されることが予告されました。期日は7月15日。

JR旅客6社が現在運行している路線は全線完乗しているワタシですが、実は国鉄・JRから第三セクターに転換された路線では、まだ乗ってない路線がけっこうありまして、機会があればそうした路線にも乗っておきたいと思っていました。
今回、錦川清流線でキハ40-1009が定期列車に充当されるという報を聞いて、せっかくの機会だからそのキハ40に乗っておこうと思い、さらには終点の錦町から先にある未成線を走っている「とことこトレイン」にも、乗ってみようと思い立ちました。
7月15日朝。
まずは箱崎から6時36分発、門司港始発でやってきた普通123M列車博多行きに乗車します。817系3000番台3両+813系6両の計9両での運転、先頭は817系VM3011編成でした。
土曜の早朝、しかも9両という長編成でしたが、けっこうお客さんが乗っていました。
博多に到着し、いったん改札を出てきっぷを買いなおし、今度は新幹線12番ホームにやってきました。

ここからは、7時2分発、「こだま842号」新大阪行きに乗車することにします。車両は500系V2編成8連、全国を走る現役新幹線車両のなかでも今や最古参、さらには「ハローキティ新幹線」として注目される編成です。
自由席の2号車に乗り込みました。車外はかなり派手なラッピングですが、車内の方もなかなかに派手ですよね。
博多駅構内のコンビニで、朝飯を調達しました。
巻き寿司系ですね。なんだかんだ、お米を食べてたほうが力が出るような気がしましてね。このところずっと自宅での朝飯は米飯にしてますしね。
定刻に博多を発車した「こだま842号」、まもなく小倉へ。
紫川を渡るところまで来ました。
天気予報はあまりいい予報ではなかったんですが、この時間の小倉は青空が見えていました。
本州に入り、こちらは厚狭。
後続の「のぞみ6号」が追い抜いていきます。

厚狭を発車したところで、眼下には山陽本線。
この日の時点で、山陽本線は豪雨による線路災害のため、小野田~厚狭間が不通となっていました。
厚狭からの路線といえば、美祢線も大きな被害を受けて不通となったまま・・・この、毎年のようにどこかの線路が災害を受ける状況、胸が痛まずにはいられません。
今回、500系自体も久々に乗ったんですけど、車内からでも分かるこの車体形状が特徴的ですよね。
東海道乗り入れの「のぞみ」で運用されていた時期は、1997年12月~2010年2月の12年ほどで、もうそのあとは8連短縮・「こだま」運用でずっときてるわけですが、いまだに500系は人気の車両ですし、乗りたい、撮りたいと思わせる車両なんですよね。
8連に短縮された8編成のうち、すでにV5・V6の2編成は除籍されていますので、残り6編成しかいないという状況ですが、可能な限り、長く走り続けてほしいなと思いますね。
8時22分、「こだま842号」は定刻に新岩国に到着しました。
新岩国で列車を降りるのは、実は初めてだったりするんですよね。

ホームからコンコースに降りてくると、窓越しにこんな光景が。
そう、新岩国駅のすぐ横に、車両を留置するスペースがあるんですよね。16連2本を収容できる留置線があり、新岩国駅の広島方から回送線が分岐してここへつながっています。
このときは、「N700a」(N700系5000番台)K15編成が停まっていました。
新岩国の駅前に出てきました。
同駅は1975年の山陽新幹線岡山~博多間延伸開業時に開設されています。駅舎は当時からのもので、いかにもな国鉄時代の雰囲気を湛えていました。

で、ここから乗り換えるわけですが・・・。
その乗り換え先は、新岩国駅から通路を少し歩いたところにある、こちら、錦川鉄道錦川清流線の清流新岩国駅です。

かつての国鉄が、岩日線川西~河山間開業の1960年11月に「御庄駅」として開設した駅。そのまま国鉄分割民営化~第三セクター化を経て、10年前の2013年3月に、現在の駅名になっています。
御庄駅開設後の1975年に、新幹線新岩国駅が開設されましたが、当初から同一駅とはされず、別扱いとなっていました。一説には、新幹線と同一駅扱いにすると、既に赤字運営だった岩日線を廃止できなくなるのでやらなかった、との話もありますが。

ホーム上には、コンテナ貨車の車掌室を流用した待合室が置かれていますが、そちらには旧駅名の「御庄駅」の標記が堂々と残されていました。
駅には、同じ列車を待っていると思われる人が10数名ほど。
やはり、新幹線からの乗り換えなんでしょうねぇ。

8時45分発の普通523D列車に乗ることにしていたんですが、1分ほど遅れての登場。
予告通り、キハ40-1009がやってきました。JR東日本から錦川鉄道に移ってはや6年になりますが、塗装は烏山線当時のままですね。それどころか、側面には「JRマーク」も堂々と残されているという・・・。(^^;

車内はすでにけっこうお客さんが乗っていましたが、この清流新岩国駅で降りるお客さんもいたおかげで、なんとか席に座ることができました。
天井を見上げると、そこにはJR東日本のマークがついたままの扇風機が・・・。

1両での運転でしたが、この混雑を想定してか、車掌さんが乗務してのツーマン運行となっていまして、後ろ寄りのドアからも降車が可能となっていました。車内で「錦川清流線1日フリーきっぷ」(2000円)を買い求めるお客さんもいましたが、車掌さんの手持ちが切れてしまって、「すいません、錦町まで乗られるんだったら、降りた後に駅の窓口で買っていただけませんか」と案内する一幕も・・・。
こちらは、行き違い可能駅である北河内の駅に入線するところ。
対向列車の普通526D列車ですが、NT3000形を3両連ねていますね。
後ろの2両(NT3004+NT3001)は、この日行われる婚活列車イベント向けの増結となっていたようです。

今回、キハ40-1009が定期列車運用に入った理由の一つが、これだったんですよね。もう一つの理由は、あとのほうで出てきます。
こちらは、北河内~椋野間の車窓風景。
窓外を流れる錦川、対岸の河原に人がいるのが見えていますが、こちらに向けてカメラを構えています。
ここの他にも、沿線のあちこちで、撮り鉄さんの姿を見かけました。
けっこう混雑していたんですが、それでも途中駅で徐々に減っていき、終点到着前にはだいぶ落ち着いてきていました。

キハ40-1009の車内です。
烏山線向けに改造された際に、車内はオールロングシート化され、トイレは撤去されていました。錦川鉄道へ移籍したあと、団臨対応としてテーブルの設置が行われています。普段は月1回、「清流みはらし列車」として、お弁当つきで沿線の景色を楽しむ団臨として運転されていますのでね。

まぁ、そういう団臨対応はされていますが、基本、烏山線時代の雰囲気を残していますし、何よりもエンジンが原型のDMF15系のままですもんね。
9時37分、523Dは定刻に終点の錦町駅に到着しました。

岩日線時代から終点だったこの錦町駅ですが、岩日線という線路の名称はもともと、岩国と、島根県の日原(山口線)を結ぶところからつけられたもの。この錦町から先、路線の延伸計画があり、実際に着手されていました。
せっかくここまで来たんだからということで、未成線となってしまったその岩日北線を訪ねてみることにしました。

錦町駅から、雙津峡温泉駅までの6km余りの未成線跡の路盤を走っていく、とことこトレインというのがありまして、それに片道乗車することにしました。当該の未成線跡は現在「岩日北線記念公園」という岩国市管理の公園になっていまして、そこをトロッコ風の車両がタイヤで走っていくというもの。運行は錦川鉄道が受託しています。

駅前の案内所に立ち寄り、とことこトレインのきっぷを購入。通常は雙津峡温泉駅までの片道が700円ですが、今回は錦川清流線に乗車してきたので200円割引が適用され、500円で乗車できました。
錦町駅から少し歩いたところに、とことこトレインの錦町駅がありまして、そこから乗車になります。

暫く待っていると、待機していたとことこトレインの車両が乗り場にやってきました。
この車両は、2005年の「愛・地球博」で使用された電気自動車「グローバル・トラム」を譲り受けたもの。先頭の動力車の後ろには、人を乗せるトロッコ車両が2台つながっています。

出発は10時とのことでしたが、遅れて到着したお客さんがいまして、少し遅れての発車となりました。
錦町駅を出発するとまもなく、全長1796mの広瀬トンネルに入って行きます。

ここは「きらら夢トンネル」という愛称がつけられており、トンネルの途中には、特殊な光に反応する蛍光石を使ったアートが仕掛けられています。これらのアートは県内の大学生や、小学生・幼稚園児らが手掛けたものとか。
とことこトレインは途中でいったん停まり、乗客もいったん車両を降りて、このトンネルアートをしばし堪能する、という趣向。
へぇ~これはなかなか面白いですね。
広瀬トンネルを抜けると、錦川の支流にあたる宇佐川を渡る第1宇佐川橋梁にさしかかります。

錦町駅から2.2kmとなる橋梁の途中に、出市駅の予定地があります。橋梁の上にホームが造られていまして、いかにも、というような風情です。
完成していれば、篠栗線筑前山手駅のような、高架上の駅という感じになっていたんでしょうかね・・・。
そのあと、未成線跡は宇佐川に沿って伸びていまして、とことこトレインも直線的なその未成線跡を走っていきます。途中にある第1山根トンネル(全長1158m)は、コウモリの棲み処になっているとのことで、とことこトレインに追い立てられて飛んでいくコウモリの姿を見ることもできました。

写真は、錦町駅から5.7kmの場所にある周防深川駅の予定地。
アジサイが咲き誇っているのが見えていました。
こちら、第2宇佐川橋梁を渡り、まもなく終点、というあたり。
眼下を流れる宇佐川の水が透き通り、とてもきれいな川であることが分かりますね。宇佐川は河川環境基準AA類型を取得しているとのことで、公的にも清流であることが認められている川です。
10時45分、とことこトレインは終点の雙津峡温泉駅にたどり着きました。
この場所は岩日北線の駅の予定地ではありませんでしたが、近くに温泉施設があるということで、その利便も考慮されているようです。

並走する国道にはバスも走っていますが、やはり未成線跡を走るっていうのは違いますよね。
今回はいい体験ができたと思います。
さて、ワタシは片道の乗車券しか買っていませんでしたので、ここからは自力で錦町駅まで戻ることにしました。
もちろん、歩きです。(笑)
ここからの歩きの様子は、こちらも参照ください。

さっそく、宇佐川を渡る吊り橋を渡って、国道434号のほうへ出ていきます。
国道へ出てしばらく歩いて行くと、先ほどとことこトレインで渡った第2宇佐川橋梁の下をくぐっていきます。

ちょうど、錦町駅へ戻るとことこトレインが、橋梁を通過していくところが見えました。さすがに戻りはお客さん少なめなようでしたが・・・乗車している係員のおじさんが、先ほどまで乗車していたワタシが歩いているのをみて、少し驚いたような顔をしているのが見えました。(^^;
国道とはいいつつも田舎の道路なので、歩道の上にも草が生い茂っていたりして、歩くのにはなかなか難儀をしました。
それでも、宇佐川の清流に癒されたり、時々沿道に出現する滝から流れてくる冷気にホッとしたりしながら、徐々に歩いて行きました。
直線的に造られている未成線跡と比べて、道路は地形に沿ってカーブしているところが多く、どうしても距離的には長くなってしまうわけですが。(^^;
雙津峡温泉駅から5kmちょっと、約1時間ほど歩いたところに、こちら、道の駅ピュアラインにしきがあります。先ほどの出市駅の予定地からも近いところになります。

時間がちょうどお昼にさしかかっていました。この道の駅にレストランがあることも事前に調べていましたので、ここでお昼を食べていくことに。
ということで、道の駅内の「レストランにしき」に立ち寄りました。

いただいたのは、地元産のこんにゃくを使用した「こんにゃくハンバーグセット」(880円・税込)。ハンバーグにこんにゃくを一緒に練り込んであるものですが、食べても違和感はなし。しっかりとデミグラスソースもかかっていて、普通にハンバーグ、といった感じでした。刺身こんにゃくの小鉢もあって、しっかりと堪能しました。(^^;
道の駅を出たところで少し雨に降られましたが、傘を差すほどの降りではなく、まもなく上がりました。

錦川と宇佐川の合流点あたりからは、今度は錦川を上流に向かって歩く道のり。
どうにか、スタートから2時間20分ほどで、錦町駅まで戻ってくることができました。目標物が少なかったこともあってモチベーション維持が難しい道のりでしたが、どうにかこうにか、というところで。
帰りの列車まで少し時間がありましたが、早々にホームに上がってのんびりと時間を過ごしました。

ホームの線路終端側には、この日婚活列車として使用されていたNT3004+NT3001の2両が休んでいました。
一方、検修庫内にはNT3002の姿が。こちらは定期検査中とのことで、エンジンが外部整備に出されていて動けない状態だったようです。同車の検査による運用離脱も、この日の定期列車代走運用の一因となっていました。
一方、キハ40-1009は、527D列車で岩国から到着したあと、いったん留置線に入ってエンジンを切った状態で停まっていました。
532D列車の発車時間が近づき、エンジン始動してからの入換作業で、14時10分にホームに据え付けられました。
エンジン始動の様子を動画撮影していました。
14時24分に錦町を発車した532D、お客さんはそこまで多くはありませんでした。
のんびりと、錦川の清流に沿って走っていきます。
沿線の景色を少し。

左上写真は、河山~根笠間にある中国電力錦川第二発電所。水路式の水力発電所で、1927(昭和2)年の発電開始とか。

左下写真は、椋野~北河内間にある清流の滝。沿線の雑木を伐採したところ滝が出現したとのことで、高さ25mの五段滝なのだそうで。滝の名前は公募で選ばれたとのこと。
こちらは北河内駅にて。

駅ホームの横に、記念碑が2つ。
右は「岩日線開業50周年記念」、左は「錦川鉄道設立25周年記念」とあります。それぞれ別々に建てられたものと思いますが。
そうこうしているうちに、532Dは清流新岩国を過ぎ、JR岩徳線と合流する森ヶ原信号場までやってきました。
右手から岩徳線の線路が寄り添ってきました。

15時24分、532Dは川西に到着。路線上はここが岩日線=錦川清流線の起点ということになります。
ワタシ、岩徳線の方は22年前の2001年に全線乗っておりまして、この川西駅も当然通っていたんですが・・・錦川清流線への乗車というのは、まさにそのときからの懸案だったんですよね。
今回、ようやくその懸案を解決することができたわけで。
定刻より1分遅れの15時34分、532Dは終点の岩国駅0番ホームに到着しました。

到着してみると、岩徳線の運用に入る首都圏色(タラコ色)のキハ40と並ぶ光景が展開されていました。
もちろん元は同じ国鉄キハ40形。JR西日本所属車はエンジンの換装や体質改善工事を経て、性能も別物のようになっていますけどもね。
キハ40-1009も、まさか東日本から山口まで来て、西日本の同形式と肩を並べる日が来るなんて、という感じだと思います。
さて、岩国駅ではいったん改札を出て、帰りのきっぷを購入したりしておりました。
2017年に完成したこの駅舎とは、初めてのご対面になりました。なんかすっかり変わっちゃいましたね・・・。
ここからは、とりあえず新山口まで、普通列車の旅にしました。

16時5分発、普通3337M列車下関行きに乗車するんですが・・・先述の通り、この日の時点で山陽本線は小野田~厚狭間が豪雨災害で不通となっていて、バス代行輸送が行われている状況でした。それでも列車の行先はそのまま「下関」で案内されていましたが。
なのでワタシは、新山口から新幹線に乗ることで、代行輸送区間を回避することに。
3337Mとなる115系3000番台N-11編成4連は、駅横の留置線から入れ換えられて、7番ホームに入線してきました。
広島近郊ではご存知のとおり、227系が投入されて国鉄型電車を一掃してしまい、続いて岡山地区でも、この7月から227系が投入され始め、国鉄型の置き換えが進みつつあります。あとはこの岩国から下関までの区間の車両の置き換えがどうなるか、というところが気になりますね。
さて、3337Mの車内では、ちょいとこちらを。
岩国駅で、地元のお酒「雁木」と、ちくわを買ってきていました。
「雁木」はこのときにも列車内で呑んでいましたが、これがあの「獺祭」にも負けず劣らずのおいしいお酒なんですよね。
清流・錦川水系の水が育んだお酒でもありますね。
ちびちびとお酒をいただいているうちに、列車は西へ。

こちらは、下松の手前、日立製作所笠戸事業所が見えるあたりです。
鉄道車両製造の大手なわけですが、この日見えたのは新幹線のE5系、あるいはE7/W7系といったような車両たちでした。
徳山で、遅れていた岩徳線の列車からの乗り継ぎを待ち、14分ほど遅れて発車・・・。

ほぼそのままの遅れでたどり着いたのは、こちら、富海。
いい雰囲気で佇んでいた、1898(明治31)年開業当時からの木造駅舎が姿を消していました・・・どうやら、4月には解体されてしまっていたようで。
かなりショックでした・・・。
結局、3337Mは途中駅での待避時間を削るなどして、新山口には7分遅れの18時17分に到着。

ここから新幹線に乗り換えます。
18時34分発、「のぞみ39号」博多行き、「N700a」N700系5000番台K15編成16連での運転です・・・ん?! K15って、朝、新岩国の留置線にいた編成ですよね。ここで再会することになるのかぁ・・・。
自由席の乗車ですので、2号車に陣取りました。

新山口を出ると、もう次は小倉。
あっという間に新関門トンネルを走り抜け、九州へ。

気が付くと、列車は遠賀川を渡っていました。
もう19時、日が西へ沈んでいこうとしていました。
19時9分、「のぞみ39号」は終点・博多へ。
K15編成はそのまま、博多総合車両所へ回送されるようです。

新幹線って本当に速いすよね・・・。
ワタシはそのまま在来線ホームへ。
19時23分発、普通2186M列車海老津行きに乗車して、地元・箱崎へ帰ります。車両は811系PM2101+PM110編成計8両でした。

この日は、福岡PayPayドームでの福岡ソフトバンクホークスの試合が「鷹の祭典」として開催されていて、在来線ホームではエメラルドカラーのレプリカユニフォームを着た観戦帰りの人たちを多く見かけました。
キハ40-1009の普通列車運用代走をきっかけに、こうして岩日線=錦川清流線への乗車を果たし、その先の未成線のほうまで足を延ばしてきました。
もちろん、訪ねるのも初めてのエリアだったんですが、実際に訪ねて、さらに歩いてみて、いろいろなことを見て知ることができたと思います。普段から歩きは慣れているとはいえ、まったく不安がなかったわけではありませんでしたが、自分の足で歩いて得られることって、何物にもかえられないですからね。やってよかったと思いました。

全国に数多くある、国鉄・JR路線から第三セクターに転換された路線では、先述したようにまだ乗っていないところもたくさん残していますので、少しずつでもそうした路線を訪ねていきたいと、改めて思ったのでした。
<おわり>