Part1(2002・1)
昨春に九州へ戻ってきた私が、目下最大の目標としてきたのが、地元のJR会社であるJR九州線の全線完乗、というものでした。今年の正月時点で、すでに残り4線区まできていたので、この際、早いこと達成してしまいたい、という気持ちが強くありました。

そこへ、この元日、九州の地方紙である「西日本新聞」紙上で、JR九州のフラッグシップカーである特急「つばめ」787系電車について、九州新幹線(新八代〜西鹿児島間)開業へ向け、列車の最大のウリであったビュッフェ設備をなくして客室化改造する、という内容の報道がなされました(この件で、当のJR九州からは執筆時点でまだ何の正式な発表もされていないことを付記しておきます)。以前から、「つばめ」に関しては一度博多〜西鹿児島間を通しで乗っておきたいな、と思っていたところだったこともあり、この報道に大きく衝撃を受けたことはいうまでもありません。

ということで、そうした思いをひっくるめた形で、今回が3度目の使用となる「九州グリーン豪遊券」を使って、九州内をめぐる旅をしてみることにしました。・・・「グリーン豪遊券」、そう、20900円という値段で、九州内の特急のグリーン席(普通車指定席でも可)が3日間乗り放題となる、あのきっぷです。
世間が3連休となった初日の1月12日朝、旅は始まりました。
まずは、黒崎駅へやってきました。時刻は朝7時前、外はまだ真っ暗です。
日の出が遅い九州ですから、まぁ無理もない、というところですが。

コンビニで栄養ドリンクを買い込み、その場で飲み干します。予定では、かなりのドタバタ行程となるので、テンションを高く持ってきておかないと、というつもりで飲んでいました。
改札を抜けてホームへ降りてきました。

発車案内の電光表示器には、すでに私が乗る列車の名前が出ていました。
「かもめ5号」長崎行き、1日1本だけ、門司港始発で長崎へ向かう「かもめ」です。
その「かもめ5号」が入線してきました。885系「白いかもめ」の南福岡電車区SM3編成。まだ暗い時間なので、撮ってもこのように流れてしまいます。まぁこの写真はそれなりに雰囲気が出ているので良しとしましょう。

「グリーン豪遊券」使用ということで、もちろん乗るのはグリーン席。先頭1号車に乗り込みました。
今回使用する「豪遊券」です。乗車してすぐ車内改札を受けました。
九州を列車でまわろうとする旅人にとっては、最高に贅沢な「魔法のきっぷ」。私もいままでの使用経験から、そのことをまさしく実感しているわけで。

この「豪遊券」、かつてはJR他社の窓口でも扱っているところが多かったんですが、いま「みどりの窓口」で扱っているのは、九州外ではJR東海のみ。JR西日本も、いまは小倉・博多の窓口でしか取り扱っていません。ほんと、九州外では入手しづらくなってしまいましたね。
ということで、グリーン席に落ち着きました。相変わらず、社長室のイスのような総革張りのハイバックシートが並んでいますね。
ところが、このシートに最近ある変化が・・・。
というのは、これ。イスの下の3本のレバーのうちの1本が、撤去されてしまったんですよね。
写真の説明書きの一番左、黒いビニールテープのようなもので見えなくなっていますが、黄色いシールを貼った「上下する」レバーが、以前はついていたんですがね・・・。私も座面高さの調節で重宝して使っていた口なので、このレバーの撤去は、個人的には非常に残念でした。
次第に明るくなっていく空の下を、列車は快調に走りつづけます。
多々良川を渡り、福岡の街へ。ちょうど、向こう側の山のほうから太陽が顔をのぞかせました。
箱崎を通過、まもなく博多に到着します。
このあたりは踏切解消のための立体交差化工事が進んでいて、近い将来、線路は高架の上に移ることになります。このあたりの踏切は車の交通量が多く、慢性的に渋滞が発生していますからね。
7時48分に博多駅8番線に到着。列車はここで8分停車です。
博多では運転士・車掌ともに交替となり、車内販売員(JTF=ジェイアール九州トラベルフーズが担当)が乗り込みます。
列車の性格も、この博多を境に、「福岡への通勤特急」から、「長崎への観光・ビジネス特急」へと変化します。ここ博多までは、指定席車の一部が自由席利用となってますので、定期券での利用者もけっこう多いんですよ。さすがにこの日は土曜日で、通勤客は少なめでしたけどね。
博多を出ると、ワゴンによる車内販売が始まり、ここグリーン席ではドリンクサービスが受けられます。私はやはり、眠気を飛ばすためにコーヒーですね、ここは。
博多を出て、列車は鳥栖に停車。ここから長崎本線へと入っていきます。
ポイントを渡り、左下に分岐した鹿児島線の下り線を見ながら、右へ大きくカーブを切ります。
佐賀平野の穀倉地帯を列車は突っ切っていきます。
この日の朝は気温が低く、このあたりでは田畑にうっすらと白く霜が降りているところが見受けられました。
佐賀を出てしばらく。毎年秋に「バルーンフェスタ」の会場となっている嘉瀬川河川敷の付近を走行中、右手の空に、いくつものバルーンが浮かんでいるのが見えてきました。普段から、このあたりでは飛行の練習をする気球が見られるとは聞いていましたが、いや、この時期にも見られるんですねぇ。驚きました。(^^;)
肥前山口を出て佐世保線を右手に分かち、単線となった長崎線は、有明海沿いの区間を進みます。このあたりの明媚な車窓風景は、以前にも旅行記でご紹介していますが、やはり何度見てもいい眺めですね。
のんびりと車窓風景にひたっているうちに、「かもめ5号」は9時42分、諫早に到着です。私は終点・長崎まで乗らず、ここで下車しました。
もちろん、目的があってのことでした。
諫早駅の前に出てみました。駅舎の外に出てくるのは、もちろん初めてでした。この駅でも、乗り換えは何度かやってますが・・・。
「豪遊券」は何度でも乗り降り自由ですので、時間があればこうして駅の外へ出て、たとえ少しの時間でも街の雰囲気にふれることができる、というわけです。
再び改札を通って、次の列車に乗ります。
この列車、長崎行きの普通231D列車です。車両は、通常大村線の快速「シーサイドライナー」に使用される青い車体のキハ200形2両編成です。

時刻表の鉄道路線図を見てもらうとお分かりのように、この諫早から先、長崎へ向かうルートは2つありまして、もともと最初に長崎へ向けて鉄道が敷かれたときから使われている長与経由の「旧線」(単線非電化)と、電化の際に新しく敷かれた市布経由の「新線」(単線電化)とがあります。「新線」のほうはもう何度も使っているんですが、「旧線」のほうが未乗区間で残っていましたので、今回はそちらを経由する列車に乗ります。
諫早を9時54分に発車。列車は「新線」と「旧線」が分岐する喜々津までは、複線の線路上を快走していきます。
途中、西諫早ですれ違った列車、昨年10月までは電化前の筑豊本線を中心に活躍していたキハ66・67-1。車体塗色で分かるように、ミレニアム記念としてかつての国鉄時代のカラーリングに期間限定で塗り戻されている車両です。
筑豊線にいたころには、何度か乗ったり撮ったりしていましたので、妙に懐かしい気分になるのと同時に、新天地・長崎でがんばっている姿を見て、なんだかホッとしました。
さて、列車は喜々津から「旧線」区間に入りました。噂には聞いていたんですが、大村湾沿いを走るこの区間、ほんとにかなりいい感じです。
同じ大村湾沿いを走る路線でいえば、大村線のほうもなかなか風景は明媚なんですが、こちらも私が自信を持ってお薦めできる車窓風景です。波も穏やかで、時折小さな漁船の姿が見える、そんな、日本の内海ならではの風景が、なんともいえない雰囲気です。(^^;)
大草を抜けると、列車は海沿いから離れ、次第に山のほうへと入っていきます。あたりでは温暖な気候を生かして、柑橘類の栽培がおこなわれており、木々がたわわに実をつけているのが車窓からも確認できました。

実はこの先、九州のJR線でも数少なくなった「あるもの」が列車を待っているんですが・・・。
列車は本川内駅に到着しました。いかにも、というローカルな雰囲気の駅舎ですよね。
実は、さきほど触れた「あるもの」というのは、この駅の構内にあります。それは・・・。
列車は、本川内でのお客さんの乗り降りが終わってドアが閉まると、まずはバックを始めます。ポイントを渡っていったん引上げ線に入って停車。しばらくすると、もとの進行方向に走り始めました。さきほど停まっていたホームが、右手側に見えています。・・・そう、ここはスイッチバックの駅なんですよね。
九州のJR線でスイッチバックが残っているのは、この本川内のほかに、豊肥線の立野、肥薩線の大畑、真幸の各駅だけということになっています。
本川内を出ると、列車はそれまでとは逆に山を下り始めます。
ここは、途中の長与駅。長崎方面からの長与行きでやってきたキハ66・67-7が停まっているのが見えます。さきほど復活国鉄色の車両もご紹介していますが、筑豊から長崎へ転属してきたキハ66・67も、すでにかなり走っているようですね。
ほぼ席が埋まった状態で、列車は「旧線」と「新線」が合流する浦上に到着しました。旧線経由の列車も、けっこう利用者は多いんですよね。
ここから長崎までは複線です。
10時44分、列車は終点の長崎に着きました。
ホームは昔ながらの終着駅の面影を残す頭端式。ホームが行き止まりになっている、というのが、鉄道旅を愛する人間にとってはたまらない情景だったりします。
長崎駅舎はホテルや専門店街なども含む大きな建物になってしまっています。
以前の三角屋根の駅舎のほうが馴染んでいる人間にとってはやはり寂しいものがありますけどね。
で、この長崎では1時間40分ほどの滞在時間の間にあるミッションを実行することにしていましたので、駅前から長崎電軌の路面電車に乗って、移動です。
いつも感じるんですが、100円ワンコインで乗れることもあって、電車は非常に混雑しています。それだけ、路面電車が市民の足、観光の足として定着していることは、大いに評価されていいと思います。
電車を築町で降りました。そこから歩いてやってきたのは、この場所。新地中華街です。もちろん、ミッションとは、うまい長崎チャンポンを食すること、でした。(笑)
長崎でチャンポンを食べるならここ、と決めている、「江山楼」新地中華街本店に入り、上チャンポン(900円)を食べました。
乳白色のきめの細かいスープと、たくさんの具。具のほうは、今の時期だけだろうと思いますが、小さいながらカキまで乗っている、というもので、ほんとお腹いっぱい。体のほうもスープでほどよくあったまりました。
中華街で食事した後、歩いて出島のあたりを抜け、駅へ戻ります。
この出島エリアでは、建物の復元作業がおこなわれているようで、このときも復元工事をやっている現場を見かけました。いまは周囲が埋め立てられて「島」としての形状こそ失われていますが、こうして往時の雰囲気を再現することには意味があると思います。
出島電停から再び電車に乗って長崎駅まで戻ってきました。
ここからは、「かもめ」で博多へ戻ります。12時30分発の「かもめ20号」に乗ることにします。

1号車グリーン席に乗り込み、まず私がやったことといえば・・・。
・・・これ。ここは1号車のグリーン席の乗客専用のコモンスペースですが、ここにある電源コンセントを使って、「雑記帳」の更新をおこなっていたのでした。(^^;)
上のほうに液晶モニタがついていますが、ここではJR九州の特急車両を紹介するプロモーションビデオが流れていました。
列車は定刻に長崎を発車し、浦上から「新線」経由で博多をめざします。

諫早を過ぎ、有明海沿いの区間へ出てきました。
途中の里信号場では、入り江を回りこむ配線となっているために、離合した下り列車が入り江の対岸を走っていくのが見えました。
そして、海ではご覧のように、海苔の養殖いかだが浮かんでいるのが見えています。
有明海ではこれから海苔の生産の最盛期にかかります。諫早湾干拓にともなう水門閉鎖以降の赤潮発生などで、一時は危機的な状況になった有明海の海苔。水質悪化も指摘されているなかで、今後が非常に気になります。
昼下がりのけだるい空気の中、列車は相変わらずの快走を続けています。
12席しかないグリーン席はほぼ埋まり、乗客たちは昼食を食べたり、居眠りしたり、話に花を咲かせてみたり、それぞれ思い思いの時間を過ごしています。
これが、やはり列車の旅のゆとり、というやつなんですよね。
14時18分、列車は博多駅に到着しました。
車両は折り返し整備のうえ、15時2分発で再び長崎へと向かいます。
私はいったん改札を出て・・・。
・・・博多口の駅舎の前に出てきました。
朝は少し冷え込んだんですが、天気もよく、昼は暖かくなってきていました。

ちなみにこの日、駅のコンコースでは、ゲームソフト「桃太郎電鉄」のイベントが行われていて、ゲーム体験コーナーでは熱心なゲームファンがコントローラーを握っている姿が見られました。
再び改札を通って5・6番線ホームへやってきました。
次なる列車を待ちます。今度乗るのは、由布院行きの特急「ゆふいんの森5号」。1999年にデビューした「ゆふいんの森3世」(新ゆふいんの森)ことキハ72形車両で運転されます。
車内整備を終えたキハ72形「ゆふいんの森3世」の編成が、竹下方の引上げ線から入線してきました。
この車両は、1989年デビューで現在も活躍中の初代「ゆふいんの森」ことキハ71形のフォルムを受け継ぎつつ、足回りには今朝ほども長崎で乗ってきた新世代の近郊型気動車・キハ200形と同じものを使用し、高性能化を図った車両です。
さっそく車内に乗り込みます。
こちら、座席です。ちょっと硬めのシートですが、ホールドはなかなかのようです。
座席背面のテーブルのほか、席を向かいあわせたときにも使用できるように、中央肘掛のところにもテーブルが収納してありました。
この車両ですが、客室内の内装のつくりは883系「ソニック」のそれと非常に似通っています。ただ、色調を変えてあり、ハットラックの蓋が木目調のデザインになっているなど、山間部を走って由布院へ向かうリゾートエクスプレス、という列車の性格にあわせたアレンジがされているようです。

さて、まもなく発車です。以降は続編にて。
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